プラットフォーム経済論と規制ウォッチ

欧州連合デジタル市場法(DMA)におけるゲートキーパー規制の競争評価への影響:マルチサイドプラットフォーム理論からの考察

Tags: プラットフォーム経済, デジタル市場法, 競争政策, マルチサイドプラットフォーム, ゲートキーパー規制

はじめに:進化するプラットフォーム経済と新たな規制の潮流

デジタルプラットフォームは、私たちの経済活動と社会生活に不可欠なインフラとしての地位を確立し、その影響力は日々拡大しています。しかし、その急速な成長と市場集中は、競争上の懸念、イノベーションの阻害、利用者の選択肢の制約といった課題をもたらしています。これに対し、世界各国でプラットフォーム規制の議論が活発化しており、特に欧州連合(EU)が2022年に採択したデジタル市場法(Digital Markets Act, DMA)は、その先駆的な試みとして注目されています。

DMAは、特定の「ゲートキーパー」に指定された巨大デジタルプラットフォームに対し、事前に一定の義務を課すという、従来の独占禁止法による事後的な介入とは異なるアプローチを採用しています。本稿では、このDMAにおけるゲートキーパー規制が、プラットフォーム経済の分析において中心的な役割を果たすマルチサイドプラットフォーム理論における市場画定と競争評価のあり方にどのような影響を与えるのかを深く考察いたします。この分析は、プラットフォーム規制の理論的根拠と実務的課題を理解する上で不可欠であると考えられます。

マルチサイドプラットフォーム理論の基礎と競争評価の課題

プラットフォーム経済の特性を理解する上で、マルチサイドプラットフォーム(多面市場)理論は不可欠な枠組みを提供します。この理論は、プラットフォームが異なるタイプのユーザー(例:消費者と広告主、ドライバーと乗客、アプリ開発者と利用者)を結合し、それらの間でネットワーク外部性、特に間接ネットワーク外部性(クロスサイドネットワーク外部性)が作用することを強調します。すなわち、一方のサイドのユーザーが増加することで、他方のサイドのユーザーにとってのプラットフォームの価値が高まるという現象です。

この理論は、従来の単一プロダクト市場における競争評価とは異なる独自の課題を提起します。

1. 市場画定の複雑性

マルチサイドプラットフォームにおける市場画定は、その性質上、極めて困難です。プラットフォームは通常、複数の異なるユーザーグループにサービスを提供し、それぞれのグループからの収益構造や価格設定が相互に影響し合います。例えば、検索エンジンは利用者には無料で提供される一方で、広告主からは収益を得るというビジネスモデルが一般的です。この場合、「関連市場」を「検索サービス市場」と「オンライン広告市場」として別々に画定すべきか、それとも「双方向性のある統合された市場」として捉えるべきか、あるいは「エコシステム」としてより広範に画定すべきか、といった議論が生じます。

従来の独占禁止法における「仮定の独占者テスト」(SSNIPテストなど)を適用することも困難を伴います。一方のサイドの価格をわずかに上昇させた場合に、他方のサイドの需要がどのように変化するかを考慮する必要があるため、複雑な分析が求められます。

2. 支配的地位の評価と競争戦略

マルチサイドプラットフォームでは、価格がコストを大きく下回る「片面無料」のビジネスモデルが一般的であり、特定のサイドにおける低価格や無料提供をもって競争を評価することは誤った結論を導き出す可能性があります。プラットフォーム全体の収益性や利用者基盤の大きさを総合的に評価し、間接ネットワーク外部性の存在を考慮に入れる必要があります。

また、プラットフォームの競争は、単なる価格競争に留まらず、イノベーション、エコシステム構築、データ収集・活用、相互運用性などの多面的な要素によって特徴づけられます。支配的地位の評価においても、これらの動態的側面を適切に考慮することが求められます。

EUデジタル市場法(DMA)の概要とゲートキーパー規制

EUデジタル市場法(DMA)は、デジタル市場における公正かつ競争的な環境を確保することを目的とした、世界初の包括的な事前規制枠組みです。その主要な特徴は「ゲートキーパー」という概念の導入と、それに対する具体的な義務の課税です。

1. ゲートキーパーの指定基準

DMAは、特定のコアプラットフォームサービス(オンライン仲介サービス、オンライン検索エンジン、OS、クラウドサービス、オンライン広告サービスなど)を提供する企業のうち、以下の定量的基準を満たすものを「ゲートキーパー」として推定します。

これらの基準を満たした場合でも、企業は反論の機会を与えられますが、欧州委員会は定性的な評価も考慮し、最終的にゲートキーパーを指定します。この指定は、従来の競争法における「支配的地位の認定」に準ずる強力な効果を持ちます。

2. ゲートキーパーに課される主な義務と禁止事項

DMAは、ゲートキーパーに対し、市場の公平性と競争を促進するための具体的な「するべきこと(義務)」と「してはならないこと(禁止事項)」を課します。主要な例を挙げます。

これらの義務は、ゲートキーパーのビジネスモデルの根幹に影響を与えるものであり、従来の独占禁止法による事後的な違反認定を待つことなく、市場の競争を歪める行為を未然に防止することを意図しています。

DMAゲートキーパー規制がマルチサイドプラットフォームの市場画定と競争評価に与える影響

DMAの導入は、マルチサイドプラットフォームの競争法における取り扱い、特に市場画定と競争評価のアプローチに根本的な変化をもたらす可能性を秘めています。

1. 市場画定への影響:焦点のシフト

DMAは、まず「コアプラットフォームサービス」を定義し、その上でゲートキーパーを指定するというアプローチをとります。これは、従来の競争法のように個別具体的な「関連市場」を丹念に画定するというプロセスを、特定の範囲において、部分的に代替する効果を持つと考えられます。ゲートキーパー指定自体が、ある程度の市場支配力を有すると見なされることを意味するため、個別の市場画定作業の負担を軽減し、より迅速な規制介入を可能にします。

しかし、これは関連市場の画定が不要になることを意味するものではありません。DMAは「市場画定」を明示的に要求するものではありませんが、競争当局が引き続き独占禁止法の枠組みで介入する際には、関連市場の画定が必要となります。DMAのゲートキーパー指定プロセスは、特定のコアプラットフォームサービスが市場において極めて重要な役割を果たしているという「事実認定」に近く、その前提を共有することで、その後の個別案件での市場画定の議論に影響を与える可能性があります。特に、マルチサイドプラットフォームの複雑な市場構造を、特定の「コア」サービスに焦点を当てることでシンプル化しようとする試みと解釈できます。

2. 競争評価への影響:事前規制と動態的競争の視点

DMAのex-ante(事前)規制アプローチは、マルチサイドプラットフォームの競争評価に大きな影響を与えます。

結論:理論と規制の対話、そして今後の展望

欧州連合デジタル市場法(DMA)は、マルチサイドプラットフォーム経済における競争評価と規制のあり方に、重要な転換点をもたらすものです。従来の独占禁止法が事後的な濫用行為の取り締まりに主眼を置いていたのに対し、DMAは特定の巨大プラットフォームをゲートキーパーとして事前的に規制することで、競争の歪みを未然に防ぎ、市場の公平性を回復しようと試みています。

この新たなアプローチは、マルチサイドプラットフォーム理論が指摘する市場画定の困難性や、ネットワーク外部性による支配的地位の固定化といった課題に対し、具体的な解決策を提示しようとしています。ゲートキーパー指定は、事実上の市場支配力認定に近い効果を持ち、その後の規制措置を迅速化します。また、自己優遇禁止や相互運用性義務、データ利用制限などは、プラットフォーム間の競争を促進し、新たなイノベーションを促す可能性を秘めています。

しかしながら、DMAがもたらす影響は多角的であり、今後の実務と学術研究による継続的な評価が不可欠です。例えば、事前規制がプラットフォーム企業の投資意欲やイノベーション戦略に長期的にどのような影響を与えるのか、あるいは、DMAが意図しない形で新たな市場の歪みを生成する可能性はないのかといった点は、引き続き注視すべき論点です。

今後、各国の競争当局や研究機関は、DMAの運用状況を分析し、その実効性を評価するとともに、マルチサイドプラットフォーム理論の新たな発展を通じて、より効果的な規制のあり方を模索していくことが求められます。このDMAの試みは、デジタル経済における競争とイノベーションのバランスをいかに確保するかという、現代社会における最も重要な課題の一つに対する、重要な示唆を与え続けることでしょう。